院長コラムhead doctor’s blog
死生(しせい)を介した教え26.10.22
今朝、私の人生で最も長い付き合いの幼馴染が緊急入院したと連絡を受けました。
本人に連絡したところ幸い今回は重症ではなく安心しましたが、50代ともなればなにかしらの病気になってもおかしくないことを改めて実感しました。
今回は1年前の夏に担当した患者さんのお話しです。
患者さんは70代女性の癌の末期状態で、看護師をされている子供さんと2人暮らしでした。
子供さんが1人で熱心に介護をされていて、私に依頼があった時点ではかなり病状が悪化した状態で、初回訪問で自宅に伺うと、残された時間は短いことがすぐに分かりました。
両者のお話しをじっくりと聞いていると、はっきりとはおっしゃりませんでしたが次のことがよく分かりました。
ご本人は、「自分はもう長くないが、遺される子供には自分の死を通じて看護師として大切な事を学んで欲しい。そのためのサポートを在宅医療のスタッフには頼みたい」
子供さんは、「最期まで出来るだけ自分で看護/介護をしたい/してあげたい」
そして、両者のお気持ちに沿うように訪問看護師さんとケアマネージャーさんと関わり方を共有しました。
子供さんはほぼ完璧なケアをされていて、私達が何か新しい事を提供することはほとんどはありませんでした。
ご本人は患者としてかつ親として子供さんに、見せて、聞かせて、触らせて、教えを伝えていました。
そして最期まで2人暮らしを全うされ、穏やかに旅立たれました。
先日1周忌が過ぎ、子供さんからお手紙を頂戴しました。
そこには、親との別れ/悲しみから立ち直るのに1年近く要したこと、存命中を振り返り様々な教えがあったことを改めて痛感したこと、自分のこれからの人生を考え直すきっかけになったこと、看護師として現場復帰することなどが丁寧に綴られていました。
私はこのお手紙を拝見して、私達がご本人の希望に添えたこと、子供さんの学びに貢献出来たこと、現場復帰されることを知りました。
子供さんにお手紙のお礼の電話をすると、泣きながら感謝の言葉とご本人から私へのメッセージ(遺言)を頂戴し、自分の役割が本当の意味で終了したことに安堵しました。
拘り過ぎた在宅医療を提供していると時に疲れることもありますが、このような経験をさせて頂くと私も救われます。
Kさま、ありがとうございました。
