たぶせ在宅クリニック

和歌山市の訪問診療 たぶせ在宅クリニック

〒640-8264 和歌山市湊桶屋町10 M&MビルA号室
TEL 073-424-0207  FAX 073-424-0300

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院長のブログ

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笑顔だけでなくユーモアも添えて

私が担当するがんの患者さんのほとんどは抗癌剤治療を終了した方か、そもそも抗癌剤治療が出来なかった/敢えてしなかった方です。
しかし、現在抗癌剤治療中という方も時々おられます。
今回はそのお話しです。

患者さんは壮年世代で、会社勤務で働かれていた方です。
大きな病院で抗癌剤治療中に、病状悪化で入院となり抗癌剤治療を中断していました。
その後病状はある程度改善したので、退院して自宅療養を続けることになり、私の訪問診療が始まりました。

経過観察のために大病院の外来にも通いながら、私も定期的に訪問していました。
ある時、病院の主治医から血液検査のデータも回復したから、抗癌剤治療を再開したらという提案が出ました。

その提案に対して、患者さんは再開するかどうかを凄く悩んでおられました。
訪問看護師さんから、「先生の次の訪問時に、抗癌剤の再開について相談したいそうです」と連絡があったので、その日は充分な時間を取って訪問しました。

私が訪問すると、予想通り患者さんは悩んでおられます。
患者さんは聡明な方なので、病院の先生の説明はよく理解されており、私から補足説明する必要はほとんどありませんでした。

「抗癌剤治療を再開したいけど、今までに副作用で辛い経験もしているので、本当に堂々巡りで結論が出ません。」

傍ではご家族さんが黙って本人と私のやり取りを聞いておられます。
一通りの会話が終わりましたが結論は出ずに、部屋の空気が徐々に重苦しくなりました・・・。
私の頭の中は、「この方は必要な情報を正しく理解し、議論は十分に尽くされている」と感じていたので、ここは1発ボケるしかないと。


「抗癌剤をするかどうか、僕とじゃんけんで決めませんか?」


不意を突かれた患者さんはポカンとされています。
もちろん本気で言った訳ではありませんので、患者さんはすぐに笑ってくれました。

そしてこの日、私が患者さんに一番伝えたかったメッセージを続けました。

「抗癌剤を再開してもしなくても、私は最大限の在宅サポートを必ず提供します。」


この日の訪問(40分間)で、じっくりと想いを聴きましたが、治療再開の結論が出た訳ではありません。
結果だけを見れば、私は医師として何もしていない=ぼったくりの訪問診療とも言えます。
しかし、ご本人の医療的に大切な決断に関わることは、地味であっても大切な役割と考えています。
 

2022-11-13 23:45:56

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辞世の歌

和歌山市内も紅葉が進んでいますね。
皆様、体調管理は大丈夫でしょうか?
今回は開業1年目の8月~11月にお看取りまで担当した患者さんの想い出を書きます。

この方は80代の女性で、がんの末期状態でした。
がん患者さんとは平均25日のお付き合いですが、病状悪化は比較的ゆっくりで3か月間担当しました。
短歌が趣味だったそうで、色んな思い出を語ってくれました。

ご家族も懸命にサポートをされ、いよいよ危ないという時期には、他府県におられる家族さんも大勢来られて、賑やかに過ごされました。
亡くなる2~3日前には、妊娠中の孫さんのお腹に私の聴診器を当てて、顔を見ることの出来ない曾孫さんの胎動をご本人に聞いて頂きました。
逆にご本人の胸に聴診器を当てて、かけがえのない命の音を孫さんにも聞いて頂きました。

亡くなる6時間前には、ご本人が「先生に最後のありがとうを言いたいから呼んで欲しい」と希望され、私がすぐに往診するとしっかりと私の眼を見ながら感謝の言葉を述べられました。
その時に頂戴したのが、下の歌です。
 

待ち人の笑顔思へば我が担う訪問診療心念の境

薫風の秋の日中を待ちくるる

患者の在りて心ははやる

診療にかける生命は不変なり

笑顔を添えて待ち人のもと

蒼星は常にかがやく道しるべ

過去に戻れぬ未来を展く


今でもよく覚えていますが、この方は3カ月間いつも私の訪問を心待ちにされていました。
私や訪問看護師さんとご家族全員が1つとなって、命の音が消えるまで支え続けた5年前の初秋の想い出です。




秋の深まりなど関係なく、うちのお猫様は今日もよくお休みです。

2022-11-01 19:02:36

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専門的な修行は必要?必要でない?

私が医師となって数年の若い時は、和歌山県以外で修行するということに消極的でした。
わざわざそんなことしなくても、それなりの仕事は出来るからです。

しかし、抗癌剤治療の勉強をしたいと考えた時に、和歌山県内に専門家はいなかったので、当時の上司の勧めもあり静岡県のがんセンターに修行に出ました。
この2年間は良い事も辛い事もあり、自分の考えの甘さを思い知りましたが、和歌山の病院では決して学ぶことの出来ない貴重な経験を積ませて頂きました。
それは何物にも代え難い、本を読むことやお金では買えない大切な財産となっています。

大学病院を辞めて在宅医になると決めた時も、先輩在宅医の元で学ばせて頂こうと考え、東京で1年間修業をしました。
なので、神﨑先生の弟子入りが決まった時も、県外の在宅専門クリニックで学ぶことを提案し、週に1回大阪で修行されています。

神﨑先生は今、神経難病専門の在宅医として高度な総合力が求められる患者さんを担当しており、大阪での修行の経験が大いに活かされています。
このことは当該患者さん/ご家族さんにとって好ましいだけでなく、神﨑先生と一緒に担当してくれている訪問看護師さんやケアマネージャーさんなどにもとても貴重な学びとなります。

私は一切口を出さずにただ見守っているだけですが、神﨑先生が着実にレベルアップされているのを実感して嬉しく思います。





相変わらず元気な仲良し兄弟ですが、最近は少し寒くなってきたのでくっついている時間が増えました。
 

2022-10-20 23:24:28

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時代ですね

もう秋ですね。
先日、とあるイベントに参加しました。



イベントに出店していたお店でコーヒーを買ったのですが、凄く愛想がよくてコーヒー愛が強い店長さんで、
コーヒーのドリップを待つ間の会話が弾みました。

お店は何処にあるんですかと聞くと、固定の店舗は持たずに、イベントへの出店や期間限定で間借りして出店しているそうです。
店長さんは見た目30代前半という感じで、爽やかイケメンでした。
コーヒー屋はメインの仕事なのか副業なのかは聞けませんでしたが、店舗なしで身軽に大好きな仕事をしているんだなと感じました。


そういう私も超シンプルなクリニックをしていますので、初めて来られた方はビックリされますね。
クリニックのドア開けたら、完全に事務所仕様ですから。

とても有難いことにクリニックの経営は軌道に乗っていますが、今後もクリニックを新築移転したり豪華にする予定はありません。
何故なら、私が目指すべき在宅医療にとってそれらは全く重要ではないどころか、無駄な固定費が増えて経営のための診療を行わないといけなくなるからです。

私と神﨑先生が果たすべき役割は、誰に何と言われようと、今後もブレることは絶対にありません。

Simple is best.


2022-10-13 15:50:26

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揺るがない想い

少し前に担当した患者さんのお話しです。

患者さんは、がんの終末期の独居の女性でした。
生涯未婚の方で、近所付き合いもなく自宅に出入りするのはご親戚1名だけでした。

初回訪問で伺うと、緊張した表情で開口一番におっしゃったのが、「独り者ですが、何があっても自宅で死にたいです。先生、可能ですか?」でした。
一切の迷いが感じられない明確な質問だったので、「もちろん可能です」と答えると一気に表情が緩み、「これで私の人生最後の悩みも解決したので、安心して死ねます」と言われました。
それからは、ご自身の人生の振り返りや死への想い、世話をしてくれるご親戚の方への感謝など、多くの会話を私達在宅スタッフと交わされていました。

それと同時並行で実行されていたのが、身辺整理/終活でした。
私が担当する患者さんで身辺整理/終活をしている方は少なくありませんが、この方は徹底的にされていました。

遺言状、死後の葬儀やお墓/お寺さんの準備だけでなく、自宅にある仏壇や家具の処分、死後に請求がある各種支払いの準備、死後の自宅の清掃や処分の依頼など、あらゆる事をご自分で関係各所に電話で依頼をされていました。
ですから私の訪問毎に、自宅の「物」が減っていき、最期は必要最低限だけしか残っていませんでした。

全ての終活が終わった時には、「先生、全ての準備が終わりスッキリしました」と、朗らかな表情で話されました。
「良かったですね」と声を掛けながら、私の頭には嫌な予感がよぎり、そしてそれは的中しました。

その後の訪問では、「私はいつお迎えが来るんですか?」「私はこの世になんの未練もないのに、何故お迎えが来ないのですか?」だけを話されるようになりました。

あまりにも完璧に死への準備が完成したので、生きる目標が全くなくなってしまったのです。
自暴自棄ではなく、本心から早くお迎えが来てと、毎日祈っておられました。
そして病状悪化による食欲低下以上に、経口摂取を控えるようになりました。
自らの死を早めるために、まるで安楽死の代わりに断食をしているかのようにも感じました・・・。

症状緩和のために薬剤調整はしましたが、それ以外は私にはほとんど成す術はありません。
ご本人は私の訪問をいつも心待ちにされていましたが、訪問後のクルマの中で私は無力感でいっぱいでした。

そしてその関係性のまま、最期の日を迎えてお看取りをさせて頂きました。
ご本人のお顔は穏やかでしたが、私のモヤモヤは消えませんでした。

在宅医としてまだまだ自分の未熟さを痛感したケースとなりました。
この経験は私が在宅医を辞めるまで忘れることはないと思います。
Nさん、担当させて頂き、ありがとうございました。




この夏の1コマです。
顔に下から当たる光と、背後の黒い影・・・。

流石お猫様、飽きずに楽しませてくれますね。
 

2022-09-26 20:18:52

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是非1度ご覧下さい

今年3月11日のブログで書いた内容の後日談です。

3月11日のオンライン勉強会は関本剛先生の会でした。
4月19日に永眠されたので、その約1か月前でした。
がんによる症状があるにもかかわらず、関本先生は熱心に我々参加者にお話しをして頂きました。
勉強会の最後に、自分の葬儀の時に流す動画を元気な時に作成してあるんですとおっしゃっていました。

その動画が公開されています。

1000人を看取った緩和ケア医、45歳の死 がんに侵されながらも「自分らしさ」貫いた最期の日々 - YouTube




作家の五木寛之さんなど多くの方々が、「がんほど有難い病気はない。何故なら旅立つまでに色んな事が出来る時間が残されているから。」という趣旨のお話しをされています。
確かにその通りですが、それが分かるのはやはりある程度年齢を重ねられていて、人生の大半の事(家族、仕事、趣味etc)を経験済みの方だと思います。
40代で末期がんとなって冷静に過ごせることはないのが普通ですが、関本先生はこのような動画を亡くなる2年以上前に作成していて、ギリギリまで患者さんの診療をされていたのは、同じ世代の在宅医として本当に言葉で表現出来ないです。

私は普段から「人の死」に関わっていますので、死が迫った患者さんが様々な後悔を口にするのを直接聴いています。
ですので、仕事も趣味もストイックにやっています。

人間独りでは生きれませんから、家族/友人/仲間は必要不可欠な大切な存在です。
でも死が迫った時に残りの人生をどう生きるかは、究極的には自分次第です。

皆様は関本先生の動画をご覧になって、どのように感じられたでしょうか?
私が尊敬する在宅医 関本剛先生のご冥福を、改めて心よりお祈りします。

2022-09-10 22:01:46

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新型の点滴ポンプ

在宅医療で使うデバイス更新の第2弾です。

入院でも在宅でも点滴を行うことはあります。
通常の点滴というと1本500mlが多いのですが、病状によってはごく少量の点滴を行う機会があります。

どれくらい投与量が違うかというと、夏場の脱水/熱中症では1本500mlを1時間で点滴することもありますが、微量点滴の場合は1時間で0.1mlから開始します。
この時に使用する点滴ポンプにも種類があって、通常タイプと微量タイプがあります。

私のクリニックでは微量タイプを2台所有していますが、出番は数カ月に1回程度です。
なので2台あれば十分ですが、昨年新型の微量ポンプが発売されたので1台購入しました。

この新型、スマホ連動型で超小型なんです。
従来型は操作部、ポンプ、注射液をセットする部分が全て本体に一体型なんですが、新型の本体(写真のピンクの物)はスマホから無線で飛ばす操作情報を受信してポンプにその情報を送るだけで、ポンプ&注射液セットが別々になっているために小さくて軽いです。


下の大きい方が従来型です

初めはスマホでの操作に戸惑いましたが、慣れてしまえば旧型と同じように簡単に使用出来ます。
これからは新型ポンプに活躍してもらおうと思っていますが、出番が数カ月に1回なのは変わりません・・・。
 

2022-09-03 09:38:20

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dual SIM機能

酷暑とコロナ第7波の真っ只中ですね。
仕事以外はほとんど外出せずに、嵐が過ぎるのを待っています。

そんな中プライベート用のスマホが古くなったので、最近買い替えました。
スマホはプライベート用と仕事用の2台持ちだったのですが、今回の買い替え時に色々調べていると、1台のスマホに2つのSIMが使えるdual SIMという機能があることを知りました。
これに対応している機種を買うと、2台を1台にまとめられるため、この機能搭載のスマホにしました。

長らくシャープ製のスマホだったのですが、今回はソニー製です。
同じandroidスマホなので、使い方はほとんど一緒ですがメーカーが違うと微妙に異なりますね。



ネット購入しましたが、あっけないほど簡単に機種変更が済みました。
初めてのdual SIMも問題なく使用出来ていて、2台持ちの煩わしさから解放されました。
もっと早くにdual SIM機能に気付いていれば良かったです。

ソニーのスマホはカメラ機能が高性能らしいので、少しずつ練習してみようと思います。
 

2022-08-14 23:29:48

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穏やかに死ぬ力を引き出すためには

前回の続きです。
タイトルだけ一見すると穏やかではありませんが、お付き合い下さい。

患者さんも家族さんも皆が望む「最期は穏やかに過ごしたい」と、ヒトに備わっている(かもしれない)「穏やかに死ぬ力」の両方を引き出すためにはどうすればよいのでしょうか?
この問いに対する完全な答えはまだありませんが、現時点で私が感じていることを書きます。

①医療者として最善を尽くしたか?
身体的な症状緩和だけでなく、メンタル面も含めた苦痛緩和を行っているかは絶対的な必要条件です。
これらは薬剤の駆使だけでは実現しません。患者さん/家族さんの性格や人生観、その日の病状に応じた距離感を常に現場で考え、自然体で相手の懐にいかに入って心身両面の苦痛緩和を図ることが重要と考えています。

②「穏やか」を邪魔するモノを極力減らす努力を尽くしたか?
死が間近に迫った時は、通常の常識が逆に「穏やか」を邪魔することがあります。
最も分かりやすい例が点滴です。

死が間近な状態では、もはや水分もほとんど不要となります。
その状態では、無理に点滴をしても内臓では吸収/利用出来ずに、体中にただ溜まるだけです。
しかし、一部のケースで点滴を強く希望されることがあります。
そんな時は、点滴をして欲しい理由を確認した上で、点滴を行うことの弊害を説明します。
説明で納得される方もいますが、それでもなお希望であればやむを得ず施行しますが、行えば行うほど「穏やか」な状態から離れていきます。
点滴を一例に挙げましたが、他にもケースによって様々な事があります。


患者/家族さんも我々在宅スタッフも人間ですから、多種多様な想い、事情、思惑が交錯する中で在宅医療は日々行われています。
「穏やかに死ぬ力」があるかどうかを私が証明する自信はありませんが、答えのない命題を意識しながら今後も自分の役割と向き合っていきます。
 

2022-07-31 22:39:04

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必死に生きる力と穏やかに死ぬ力

暑さとコロナ第7波の真っ最中ですが、私も神﨑先生も変わらず訪問診療をしています。
今回は終末期に関する本質的な話題を書こうと思います。
ちょっと難しいかもしれませんが、どうぞお付き合い下さい。


最近復習を兼ねて、以前読んだ本を読み返していました。
その中に、ヒトには「生きる力」があるだけでなく、「死ぬ力」のあるのではという一節がありました。

医療者なら誰しも経験あることですが、入院中の患者さんにあらゆる治療を行って助からないと判断しても、回復して退院する人がたまにいます。
終末期を担当している私の経験では、訪問診療開始時に余命1か月以内と考えていても、6カ月~9カ月担当するケースが年に3~5人あります。
一体何が良かったのかは分かりませんが、年齢とか体格とかは関係ないです。
私の在宅医療での経験では、患者さん本人に余計なストレスが全くorほとんどない人が多いような気がしていますが、とにかくヒトには「生きる力」が備わっていると考えられます。


さて今日の本題の「死ぬ力」についてです。
「生きる力」と二律背反の「死ぬ力」はヒトに備わっているのでしょうか?
そもそも「死ぬ力」って何でしょうか?

この問いに対する科学的/医学的な答えはまだありません。
ですので以下は全て仮説や経験談です。
ヒトがもう助からない病状で死が直前に迫った時、眠らせる薬を使っていないのに自然に寝たまま(傾眠といいます)となることがよくあります。
死のどれくらい前に傾眠が出るかというと数時間前~数日前です。
傾眠の考えられる医学的理由としては、低血圧、低体温、電解質異常(ナトリウム/カリウム/カルシウムetc)、尿毒症、低血糖、肝性脳症、ナルコーシス(CO2貯留)などがありますが、これらでは説明出来ない傾眠も日常的に経験します。

もしヒトの脳が死が不可避の状態と判断して、最期の苦痛を感じなくさせるために傾眠状態を指示していたら・・・。
傾眠状態の患者さんの表情は皆さん穏やかなので、恐らく苦痛は感じていないと考えられます。
寝ているのにどうしてそれが分かるかというと、傾眠中に看護ケアとして体の向きを変えたり着替えたりする時に、苦痛や痛みを感じると眉間に皺が寄ったり、手で払いのける動作をするからです。そして看護ケアが終わると、元の穏やかな傾眠に戻ります。


もしかしたら、高度な頭脳を持つヒトにはその高度さ故に、「必死に生きる力」と同時に自然に傾眠となる「穏やかに死ぬ力」があるのかもしれませんね。
私達が担当する患者さんと家族さんは百人百通りですが、唯一共通するのが「最期は穏やかに過ごしたい」です。
もしヒトに「穏やかに死ぬ力」があるのなら、それを引き出せるように努めるのも在宅医の役割だと私は考えています。

一体どうしたら「穏やかに死ぬ力」を引き出せるのでしょうか?
長くなったので、続きは次回に。
 

2022-07-24 22:42:00

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